【あの花が咲く丘で君とまた出会えたら】手紙(遺書)のある社会科見学のロケ地撮影場所はどこ?原作との違いもご紹介!

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映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』は、TikTokで話題になった汐見夏衛の同名小説を映画化した作品です。戦時中の日本にタイムスリップした現代の女子高生・百合(福原遥)と特攻隊員の青年・彰(水上恒司)の切ない恋の物語が描かれています。この映画には、最後の紙(遺書)が展示されている会科見学で訪れる「特攻資料館」が重要な舞台となっていますが、実はこの資料館は実在する場所なのです。

この記事では、

  • この特攻資料館のロケ地撮影場所はどこか?
  • この特攻資料館のロケ地撮影場所の特徴について
  • この特攻資料館のロケ地撮影場所へのアクセス
  • 原作と映画ではどのような違いがあるのか?
  • 原作の特攻資料館について
  • 原作の特攻資料館の特徴について
  • 原作の特攻資料館のアクセス

について詳しくご紹介します。この記事を読めば、映画の感動がさらに深まりますよ。

  • 『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の百合の丘のロケ地についてはこちらから→リンク
  • 最後の手紙(遺書)のシーンのロケ地についてはこちらから→リンク
  • 『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の映画がいつまでかについてはこちらから→リンク
  • 『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の続編についてはこちらから→リンク
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社会科見学のロケ地は?

主人公の女子高生の百合(福原遥)が、タイムスリップしていた戦時中から、現在に戻ってきたあと、社会科見学で訪れた「特攻資料館」。戦時中にタイムスリップした時に、仲良くしていた、特攻隊のメンバーや、彰(水上恒司)の最後の手紙(遺書)のシーンは、涙なしでは観れませんでした。

ここのロケ地撮影場所は、茨城県にある『海軍航空隊の予科練平和記念館』です。

海軍航空隊の予科練平和記念館とは?

主人公の女子高生の百合(福原遥)が、タイムスリップしていた戦時中から、現在に戻ってきたあと、社会科見学で訪れた「特攻資料館」のロケ地撮影場所となった、『海軍航空隊の予科練平和記念館』についてご紹介します。

海軍航空隊の予科練平和記念館へのアクセス

電車とバスを利用する場合:JR常磐線「土浦駅」西口の1番バス乗り場から、関東鉄道バス「阿見中央公民館」行きに乗り、「阿見坂下」停留所で下車して、徒歩3分です。

また、同じくJR常磐線「土浦駅」西口の1番バス乗り場から、JRバス「江戸崎方面」行きに乗り、「阿見」停留所で下車して、徒歩3分です。

車を利用する場合:常磐自動車道「桜土浦IC」から約15分です。また、圏央道「牛久阿見IC」または「阿見東IC」からそれぞれ約15分です。

※駐車場は無料で、普通車用56台、大型バス用5台、身障者用3台があります。

海軍航空隊の予科練平和記念館の特徴について

海軍航空隊の予科練平和記念館とは、茨城県稲敷郡阿見町にある、戦争と平和に関する記念館です。

この記念館は、昭和5年から終戦までの15年間に、約24万人が入隊し、約2万4千人が戦地へ赴いた海軍飛行予科練習生(通称:予科練)の歴史や記録を保存・展示しています。

予科練とは、14歳半から17歳までの少年を全国から選抜し、搭乗員としての基礎訓練を行った制度で、その多くが特別攻撃隊として出撃し、戦死しました。

予科練平和記念館は、予科練の代名詞である「若鷲の歌」にちなんで、7つのボタンに合わせて、入隊、訓練、心情、飛翔、交流、窮迫、特攻という7つのテーマで展示空間を構成しています。展示物には、元予科練生や遺族から寄贈された遺書、遺影、遺品、日記、手紙、写真、証書、制服、勲章、模型、映像など、約1万5千点の貴重な資料があります。これらの資料を通して、予科練生たちの生き様や思い、戦争の悲惨さや無意味さ、命の尊さや平和の大切さを感じることができます。

予科練平和記念館は、2010年2月2日に開館しました。その背景には、阿見町が旧海軍の町としての歴史を持っていることがあります。阿見町には、大正11年に霞ヶ浦海軍航空隊が設置され、昭和14年には予科練教育を専門に行う土浦海軍航空隊が設置されました。これらの航空隊は、日本の近代史の中でも特別な時代を過ごし、日本が経験してきた戦争と平和を考えるうえで、忘れることのできない多くの事柄をその風土と歴史の中に刻み込んでいます。予科練平和記念館は、このような歴史的な背景の中で、予科練を主体とした貴重な資料を風化させることなく次の世代に継承し、戦争と平和について考えてもらうために建設されました。設計は、早稲田大学教授の吉村靖孝さんで、外観は予科練生の制帽をイメージしたものです。

予科練平和記念館は、予科練生たちの聖地として、多くの人々に訪れられています。特に、毎年2月2日には、予科練生の入隊式が行われた日にちなんで、予科練生の追悼式が行われます。この日は、元予科練生や遺族、関係者、一般の人々が集まり、予科練生たちの魂を慰め、平和を祈ります。また、予科練平和記念館では、特別展や企画展、テーマ展、イベントなども開催されています。これらの催し物では、予科練に関するさまざまなテーマや角度から、戦争と平和について考える機会が提供されています。

予科練平和記念館は、戦争と平和に関する記念館として、重要な役割を果たしています。予科練生たちの歴史や記録を見ることで、私たちは、戦争の恐ろしさや悲しさ、命の尊さや平和の大切さを学ぶことができます。予科練平和記念館は、私たちにとって、戦争と平和について考える場所ですね。

原作と映画の違いは?

『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の原作では、「特攻資料館」と記載があります。

また、原作では、関東の基地で飛行訓練を受けてから特攻の最前線に赴任である旨の内容の記載があります。

特攻の最前線は本土防衛の最前線となった鹿児島県となります。また、原作者の汐見夏衛さんの出身地が鹿児島県であることから、原作の「特攻資料館」は鹿児島県にある知覧特攻平和会館と思われます。

知覧特攻平和会館とは?

『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の原作の「特攻資料館」は、鹿児島県の知覧特攻平和会館と予想します。

  • 知覧特攻平和会館
  • 住所:〒897-0302鹿児島県南九州市知覧町郡17881番地
  • TEL:0993-83-2525 
  • HP:https://www.chiran-tokkou.jp/

知覧特攻平和会館へのアクセスは?

電車とバスを利用する場合:JR指宿枕崎線「知覧駅」から、鹿児島交通バス「知覧特攻平和会館」行きに乗り、「特攻観音入口」停留所で下車して、徒歩約5分です。

同様に、JR指宿枕崎線「喜入駅」からも、鹿児島交通バス「知覧特攻平和会館」行きに乗り、「特攻観音入口」停留所で下車し、徒歩約5分です。

車を利用する場合:鹿児島空港からは約1時間10分、鹿児島中央駅からは約45分、指宿スカイライン知覧ICからは約20分です。

※駐車場は無料で、普通車用100台、大型バス用10台があります。

\「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。の続編も必読ですよ/

知覧特攻平和会館の特徴について

知覧特攻平和会館とは、鹿児島県南九州市知覧町にある、戦争と平和に関する博物館です。

この博物館は、太平洋戦争末期の沖縄戦において、特攻という人類史上類のない作戦で、爆装した飛行機もろとも敵艦に体当たり攻撃をした陸軍特別攻撃隊員の遺品や関係資料を展示しています。特攻隊員の遺影や遺書、日記、手紙、写真、証書、制服、勲章、模型、映像など、約1万点の貴重な資料があります。これらの資料を通して、特攻隊員の生き様や思い、戦争の悲惨さや無意味さ、命の尊さや平和の大切さを感じることができます。

知覧特攻平和会館は、1975年に開館しました。その背景には、知覧町が旧陸軍の特攻基地としての歴史を持っていることがあります。知覧町には、1936年に知覧飛行場が設置され、1944年から1945年にかけて、約4000人の特攻隊員が知覧から出撃しました。知覧飛行場は、特攻隊員の聖地として、多くの人々に慰霊の場として訪れられています。知覧特攻平和会館は、このような歴史的な背景の中で、特攻隊員の遺品や記録を風化させることなく次の世代に継承し、戦争と平和について考えてもらうために建設されました。設計は、鹿児島県出身の建築家である松井源吾さんで、外観は特攻隊員の制帽をイメージしたものです。

知覧特攻平和会館は、特攻隊員の遺品や記録だけでなく、特攻隊員と関わった人々の証言や活動も紹介しています。特に、知覧町の女性たちが果たした役割は大きく、特攻隊員の世話や見送り、慰霊や顕彰など、さまざまな形で特攻隊員を支えました。その代表的な人物が、「特攻の母」と呼ばれる鳥濱トメさんです。鳥濱さんは、自分の息子のように特攻隊員に優しく接し、終戦後も特攻隊員の遺族や元隊員と交流し続けました。鳥濱さんは、特攻平和観音像や特攻遺品館の建立にも尽力し、特攻隊員の精神を伝えることに一生を捧げました。鳥濱さんの活動は、作家の高木俊朗さんや歌手の二葉百合子さんなど、多くの人々に影響を与えました。

知覧特攻平和会館は、戦争と平和に関する博物館として、重要な役割を果たしています。特攻隊員の遺品や記録を見ることで、私たちは、戦争の恐ろしさや悲しさ、命の尊さや平和の大切さを学ぶことができます。知覧特攻平和会館は、私たちにとって、戦争と平和について考える場所ですね。

まとめ

大ヒット映画、『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の最後の手紙(遺書)が展示されている「特攻資料館」のロケ地撮影場所と、原作との違いについてご紹介しました。胸が苦しくなる切ないシーンですが、日本人として知っておくべき、そして、命の大切さを考えさせられる「特攻資料館」。ぜひ行きたいですね。

  • 『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の百合の丘のロケ地についてはこちらから→リンク
  • 『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の社会科見学で最後の手紙(遺書)のシーンのロケ地についてはこちらから→リンク
  • 『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の映画がいつまでかについてはこちらから→リンク
  • 『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の続編についてはこちらから→リンク

\「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。の続編も必読ですよ/

 

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